本番になると頭が真っ白。緊張に押しつぶされそうだったあの頃の私へ

メンタル

緊張は、私の一部だった

小さい頃から、私はいろいろなことに挑戦するのが好きでした。
ピアノ、ダンス、そしてジャズトランペット。
やると決めたら全力で取り組むタイプで、練習も人一倍してきたと思います。

でも――
「人前に立つ」ことだけは、何度やっても慣れませんでした。

ジャズトランペットのソロでは、練習では完璧にできていたのに、
本番でマイクを向けられた瞬間、頭が真っ白。
指が動かない、音がうまく出せない。

ダンスの発表会でも同じでした。
体が覚えていたからなんとか踊れてはいたけれど、
「記憶が飛ぶ」ってこういうことなんだと痛感しました。

緊張で動けなくなる瞬間

社会人になってからも、それは続きました。
特に、新卒で入社した会社の入社式スピーチ
あれほど練習したのに、みんなの前に立った瞬間、
頭が真っ白になり、言葉が出なくなってしまったんです。

その沈黙の時間は、本当に地獄でした。
心臓はバクバクして、手は震え、喉が乾いて声が出ない。
冷や汗が止まらず、「早くこの場から逃げたい」としか思えなかった。

周りの人は「緊張するのは普通だよ」と言ってくれたけれど、
私の“緊張”は普通ではなかった。
順番を待っている間に心臓が飛び出しそうになり、
自分の番が近づくたびに手の感覚がなくなるほどの動悸。

その頃から、「私は“あがり症”なんだ」と自覚するようになりました。

頭が真っ白でも、体が覚えていた

大学時代、資格の実技試験を受けたときのこと。
またしても本番で頭が真っ白になりました。
でも、不思議なことに体が勝手に動いていたんです。

それまで何百回も練習してきたおかげで、
思考が止まっても、体が記憶していた。

その瞬間、少しだけ自分を許せた気がしました。
「私は本番に弱いんじゃない。緊張の中でも、ちゃんとやってきた自分がいる」って。

あがり症を受け入れるまで

私は人と話すのは好きな方です。
初対面でも自然に会話できるし、職場でも仲良くなれる。

だからこそ、「自分があがり症」だなんて最初は信じられませんでした。
でも、明らかに違うんです。
大勢の前に立った瞬間、動悸と冷や汗が止まらない。
たった一文を話すだけでも、呼吸が浅くなる。

失敗するたびにそのことがトラウマへと積み重なっていって、
場数を踏む度にむしろ悪化していきました。

「あっ、人前に立つことが向いていないんだ」
こうやって自分の苦手を認めたとき、心の荷が少し降りた気がしました。

今ではそれを**「私の個性」**として受け入れられるようになりました。
無理に克服しようとは思いません。
大勢の前で話すのが苦手なら、少人数で伝える形を選べばいい。
苦手を避けてもいい。逃げてもいい。

“自分が心地よくいられる環境”を選ぶことが、
私にとっての一番の対策でした。

おわりに:苦手を抱えたまま、生きていく

正直に言えば、自分の「できないこと」を受け入れるのは悔しい
何度も挑戦してきたし、克服できるならしたいと今でも思う。
でも、それでもダメなことがある。

そんなときは、「逃げる」ことも立派な選択だと思うようになりました。

人には向き・不向きがある。
どれだけ努力しても、性格や気質がそれを難しくしてしまうこともある。
私の場合は、きっとHSP(繊細気質)も関係しています。
人の目を人一倍気にして、空気を読みすぎてしまう。
些細な表情や反応に敏感だから、どうしても緊張しやすい。

「人前に立てない自分はダメだ」と思っていたけれど、
今は少し違う考えになりました。

大勢の前で話せなくても、幸せにはなれる。
人生には、いろんな選択肢があるから。

自分に合わない環境を無理に克服しなくてもいい。
むしろ、**避けて生きることが“自分を守る強さ”**になることもある。

これからもきっと、緊張する場面はあると思う。
それでも、自分のペースで、自分らしい場所で、
穏やかに生きていけたらいい。

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